きょう12月6日は『音の日』です。露伴先生の「ズンドーシャ」について

今日12月6日は『音の日』です。
1877年の今日、あの発明王のエジソンが
自作の蓄音機で音の録音・再生に成功した日だそうです。

音といえば、『五重塔』の作者の幸田露伴先生が
興味深い「音幻論」というエッセイを残しています。

露伴先生は、「音幻論」に次のように書いています:

◇「音幻論」とは何か?について
露伴先生は、次のように書いています。

「言語が変遷する所を掴みたいのが音幻論の生ずる所以で、
言語が金石に彫刻したもののようにそのまま永存するものではないのは、
恰も幻相が時々刻々に変化遷移するものである如く生きて動くものである。
そこで音幻の二字を現出したのである。

しかし幻と言うても法無く動くものではない。
法といふものは物と倶生するもので、・・・・
物があってそこに法が存し、法と物と倶生のものであるからして
倶生の法則につきて先づ観察を尽くしたいのが本意である。」

◇アイウエオの音のもつ意味について

先生は、アイウエオの五音には、声の出し方に関連して、
それぞれの意が生じている、と言っています:

・ア音のもつ意・・・発生の意
・ウ音のもつ意・・・アに反して、「収め、閉じ止〔とど〕むる」という意
・イ音のもつ意・・・つき進むという意
・エ音のもつ意・・・突き進むではなく、命令するような意
・オ音のもつ意・・・応ずるような意。
*意については、
音のもつ意味、意図、意〔こころ〕としてとらえるか、
ご自分なりに解釈してください(*^L^*)

◇五音の内遷について

アイウエオの五音の変化について、
・ア→イウエオ
・イ→アウエオ
・ウ→アイエオ
・エ→アイウオ
・オ→アイウエ
うえの20パターンの「内遷」がある、

さらに この「内遷」ほかにも
アー・アッ・アnなどがある。
*アnの「n」は小さい「ン」の音です。

たとえば、
奥義は、アウギ→オーギ
鸚鵡は、アウム→オーム
扇は、アフギ→オーギ
逢坂はアフサカ→オーサカ
近江はアフミ→オーミ
などの変化は、アウ→オーへの内遷です。

◇「本倶音」について、

「本倶音」というのは、
赤ちゃんが、ママと言うのが
ゥマゥマorウマウマとなってしまう変化です。

「本倶音」といのは、・・・ある音が発しられる場合の直前に
その音がもっている性質よりして発しられる幺微の音をいふので、
唇音のマ行バ行パ行等の音が発しられる時、
その発音の前駆をなす音を仮に名づけて「本倶音」と言ったわけである。

有名なのが
中国から入ってきた漢字の馬の音は「マ」で、
日本には馬を意味する言葉がなかったので、
そのまま「マ」とよんでいたのですが、
マ→ゥマ→ウマとなった、という事です。

同様な変化は
紅梅白梅の「梅」も
小生の記憶では、
中国の「梅」の音の「メイ」が
「メイ」→「ゥメイ」→「ゥメィ」→「ゥメ」→「ウメ」
になったということです。

◇面白かったのは「ン」のエッセイ!

この「ン」と題するエッセイのなかで
「自動車」を「ズンドーシャ」と言うところです。

自動車をズンドーシャと発音すると言って甲の地方の人は乙の地方の人を
嗤〔わら〕ふけれども、さう發音させるべき理由があって而〔しか〕して
さう發音されるに至ったものだとすれば、左程に強いて論ずるにも
当らないこととならう。ンはウとムとの合成の如く中間の如く包容の如く
又独特のものの如くで甚だ明示し難いものであるが、
これも亦一種の本倶音であると見得る。

ズンドーシャのズはその地方の人のジの音の変化である。
それに隨いて来るンはジの音のあとに出て来る音ではない。
次のドの音の本倶音と言いてもよろしい。
そこで自動車がズンドーシャと聞こえるやうになるのは、
元来内氣を外氣に投出すのに勇敢なる能〔あた〕はざる寒冷の
地方の人の口腔を開かずして鼻腔より發音する習慣が
かくの如き結果をもたらしたのであらう。
かういふ理合〔りあひ〕で言語は変化して行くのである。
*最後のほうは旧漢字、旧仮名遣いを残しました(*^L^*)

以上、非常に面白いエッセイでした。

露伴先生は、漢文に非常に憧憬が深く、
この「音幻論」は「詩経」や「易経」などの
古い言葉の音韻を理解する上で
参考になることがありそうです。

参考文献 幸田露伴著『露伴全集 第四十一巻』

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