10月9日きょうは『トークの日』

きょう10月9日は『トークの日』、
何かいい話しないですか?
きょうは「話」のはなしをしましょうか(*^L^*)

例によって「話」という漢字について調べてみました:

漢字の「話」は「言+舌」で成り立っています。
「言」は、「辛+口〔サイ〕」です。
「辛」は入れ墨を入れるときに使用する針、
「口サイ」というのは、神との約束や同盟の誓いを入れる器です。

古代の社会では、
盟誓の時には自己詛盟を行ないます。
詛盟とは神様にたいして違背することがないことを誓うことで、
もしそれに違反した時には罰を受けることを示しています。


「口〔サイ〕」は、クチではなくて
盟誓の書を入れる器です。
「言」とはそれほど重いものだったのですね。

「話」のつくりの「舌」は
もともとは、上の部分の「千」は「氏」の字で、
「舌」の字は 「氏+口〔サイ〕」の「カツ」です。
「氏」は曲がった刀・曲刀です。

【氏+口〔サイ〕のカツ】の字は、
呪祷を収めている器・口〔サイ〕の蓋〔ふた〕を
曲刀で削りとる形ですから、
「かきとる」とか「けずる」という意味の「刮」の最初の字・初文です。

また、『易経』の坤の卦にある「括橐〔カツノウ〕」の「括」であるという説もあります。

「話」とは盟誓などを破棄する警戒するべき発言のこと。

『説文解字』3上には
「話」は「会合して善言するなり」としています。
また『春秋左氏伝』文公十八年のなかも
〔杜注〕として「話言」を「善言なり」としています。

しかし、
『方言』には、「話」を楚言で狡獪なることとし、
『広雅 釈詁』に「恥づるなり」、
『一切経音義』には「訛言なり」とあります。
このように、人の未来が善くないとそしり、
呪詛するような語にも用いられており、
この意味のほうが原義である、
と白川静氏は言っています。

『詩経 大雅』の「抑〔よく〕」では
其維哲人 告之話言 順徳之行。
其維愚人 覆謂我僭。
それこれ哲人は これに話言を告ぐれば 
徳に順〔したが〕いてこれを行う。
それこれ愚人は覆〔かえ〕って我を僭〔シン〕すと謂〔い〕う。

善言を出だしても、その捉え方は人それぞれ。
哲人はその善言の徳に順って行ない、善に従うこと水の如く順ですが、
愚人は反対に善言をウソと思い信じない、
という意味でしょうか。

同じく『詩経 大雅』の「板〔はん〕」には
出話不然 爲猶不遠。
話〔クヮイ〕を出だすこと然〔まこと〕ならず、
猶〔はかりごと〕を爲すこと遠からず。

善言を出すことは善くないことばかりで、
政治の道を謀ることは目先のことばかりで
〔時間的にも距離的にも〕遠くを思慮することがない、
と今の世界の情勢を言っているような言葉です。

話〔クヮイ〕は、音的には訛・獪に通じ
訛の「本来の話しの内容がいつの間にか変わる」ことや
獪の「悪賢い、ずるい」の意味をもつ字です。
人の話には警戒すべきものが多いことでしょうか。

そういえば、こんなこともありました。
麻生さんの『景気対策か?解散か?』、
小泉さんの『郵政民営化賛成か?反対か?』
を思い出しますね。
世の中そんなに単純でないのです。
『爲猶不遠』の政治はダメです!

『一年の計は穀を植ゆるにあり。
百年の計は樹を植ゆるにあり』
と申します。
そういう時間的にも空間的にも広い視野に立ったうえで、
政治を行なってもらいたいものです。

まず、小生が期待するのは国会議員の定数削減です。
少なくとも半分にすることを要求します。

それと公務員の特別待遇をしない法律に改正することです。
「そんなにしたら良い人材が来ない」という意見が強いようですが、
いま現在良い人材がいますか?と反問したいです。

これが出来るかどうかが民主党政権の試金石だ
と小生は思っています。

参考文献 白川静著『字統』、高田真治著『漢詩大系 詩経下』

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