きょう2月11日は『建国記念日』・『紀元節』です

きょうは『建国記念日』です、むかしは『紀元節』といったそうです。
年の数え方・あらわし方を「紀年法」というそうですが、ことしは皇紀2676年、天皇御代であらわすと平成二十八年、今年は西暦では2016年、干支では丙申年・・・ひのえ・さる、ひのえ=火〔ひ〕の兄〔え〕=陽の火・・・などいろいろな称し方があります。

 「皇紀」というのは神武天皇が即位された辛酉年・・・かのと〔金の弟〕・とり・・・から数えた年のあらわし方です。
 ちょうど西暦に660年を加えた年になります・・・つまり今年の西暦2015年+660年=2676年ということになります。

 学生時代の旧友のなかに毎年、皇紀〇〇〇〇年元旦としるした年賀状を送ってくる人がいます(笑)
 こんなヤヤコシイ年代をよく記憶できるなぁ、と感心していたものですが、干支が一周するのが60年つまり還暦です。その60年を11倍した数を足すだけのことですから誰でも計算できる簡単なことでした。

 たしか白川静先生の『文字講話』のなかに、神武天皇が即位したのは西暦1年である、と書いていたのを記憶しているのですが、いろいろ探してみたのですが見当りません。白川静先生は殷周時代に書かれた金文や甲骨文から年代を計算する方法で神武天皇の即位を計算したら西暦元年になるので、ことしなら皇紀2016年になるというようなことを読んだ記憶はあるのですが、見つかりません。

 『続・文字講話』のなかで白川先生は次のようにお話されています:
 殷周革命の、その甲子の日に丁度あたるのかもしれませんが、私の計算した武王元年の元旦の干支丙午【43】にあてはまりません。甲子革命のことは、周の開国説話の古伝承として残るものかと思います。私は武王の元年は紀元前1088年であるという計算をした。

 この暦の計算は、古い方からやりますとわかりにくくて、実は下から押しあげてゆく方がわかりやすい。この計算につきましては、時間のありますときに、また詳しくお話をいたします。この計算には、研究者もみな困っておってね、みなさんがどういう計算方法をやっておられるのか私は知りませんが、私は暗算で即座に計算できる特許を持っておる。いずれはその特許を免許皆伝にいたしますから、みなさんはみな西周の歴史編成について一家言をお持ちになることができる、楽しみにお待ちいただきますように。

    ×  ×  ×

 小生も いぜんは四柱推命や方位術でよく占っていましたので干支の計算は得意です^L^

◆ 塩谷温先生の『新字鑑』には『紀元』とは
①国を立てた最初の年
②一國の経過した年数を数えるもとにになる年。わが国では、神武天皇の御即位の年。西洋諸国ではキリスト降誕の年【実はその4年後】


と書いています。

 日本の紀元・皇紀元年正月元旦は西暦BC660年1月1日ということになるそうです。

『日本書紀』のなかに
「辛酉年春正月 庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮」
・・・辛酉【かのと・とり】年春 正月、庚辰【かのえ・たつ】の朔【ついたち←月立ち】、天皇が橿原宮で帝位につく・・・


◆ところが薮田嘉一郎先生の『日本年号索引』で調べてみると、この辛酉の年は、神武天皇2年になっています。つまり神武天皇の即位はBC660年1月1日になっています。
 どういうことでしょう?不思議ですね?

 これは漢の時代にできた辛酉【しんゆう】革命説による見方だと思います。
 辛酉の辛【かのと=金の弟〔カのト〕】は五行でみると金行です、それも陰の金ですので 人心が冷たく冷える年です。さらに酉も金行で季節にすると秋で草木が枯れる時・凋落の季節です。そういう見方から辛酉には大きな革命がおこり、さらにその大革命の年から1260年後の辛酉の年には再び大革命が起こるという辛酉革命説という考え方があるのです。
 おそらく推古元年が西暦AC601年でちょうど辛酉年にあたります。それから1260年遡ったBC660年の辛酉年を皇紀元年としたのではないでしょうか。

 きょう二月十一日の『建国記念日』には、神武天皇をお祀りする橿原神宮では『紀元祭』が執り行なわれます。

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◆易の世界ではよく知られていることですが、辛酉を易の卦にすると沢火革の卦になります。
 
 ☱
 ☲
 沢火革

 革は革命の革です。天命が革〔あらた〕まるという意味の卦です。

 上卦の☱兌の卦は、五行にとると金行です、金行は庚〔かのえ〕の陽金と辛〔かのと〕の陰金がありますが、☱兌は陰金の辛〔かのと〕をあらわします。季節にみると秋です。
 下卦の☲離の卦は、五行では火行です。季節にすると夏です。また離には雉などの鳥=酉〔とり〕の意味もあります。
 易の卦はふつう下から上へ移りますから、沢火革は☲離の夏から☱兌の秋に季節が遷り変わるという意味もあります。
 また上の兌の金属を下から離の火を燃やすことにより溶かして新らしいものに作り変えるという意味もあります。辛の「かのえ」には「新」の意味も含まれているのです。「新」の字は「辛+木+斤」から成っています。

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