【赤塚忠先生】『易経』の「”革”と”鼎”の卦の構成について」③
きょうも昨日の赤塚忠先生の講演記録のつづき、その③です。爻辞の訳文は、赤塚先生の中国古典新書『易経』のものです。爻辞以外は赤塚先生の訳がないので、加藤大岳先生の『易占の神秘』から引用しました:
は鼎卦の始めで、鼎の足がひっくり返えった。これは新政府の創建期には、周の三監の反乱のように、小蹉跌【易爺:ちいさな失敗】があることを象徴しています。その時には、今迄の否(弊害)を皆出してしまえば良いというのです。安定の初めで、陽位に陰でいて位に当らない不安定がまだありますが、凶ではありません。
続いて“妾を得て其の子を以てす。咎无し”は家庭の場合の教訓。新国家の安定すべき最初で、まだその基礎が固らない、革命の後を受けているので、思いきって今迄の悪を捨てよというのが、初爻の最も主要な教訓です。
“鼎有実”【鼎に実あり】は新国家安定の実質が具〔そなわ〕ったことの象徴です。九二も位に当りません。しかし下におって中心となる者が中正の道を守り、而かも剛健であることは、新国家の理念が浸透したことであって、願わしいことではないでしょうか。上の者が命令するだけでは、国家の安定を期待することが出来ないでしょう。
これは悪い鼎の足が折れて、馳走を覆してしまうとは、安定した新国家を再び顛覆させる象徴です。臣下が越権行為をするからです。
いったい九二、九三、九四では“見竜元首。吉。”に反します。とりわけ、九四は君側の大臣で、それが位に当らぬ陽剛では、九二・九三と朋党比周【易爺※ほうとうひしゅう】して、新国家を危殆に陥れます。そこで”其刑【屋刂】。凶。”とあります。
【蛇足】
朋党比周【ほうとうひしゅう】とは
主義や利害を同じくする者同士が、仲間をつくって結託して、仲間以外を排斥するという意味の四字熟語。
「朋」は、なかま、【党」は、一堂に集まった仲間たち。
「朋党」は、利害を同じくする者が集まり、他の者たちを排斥するという意味。
「比」は、私心をもって、かたより親しむこと、「周」〔しゅう・あまねく〕は、公平な交際の意味。
「比周」という熟語は、かたよって一方に仲間入りするという意味。
『論語』爲政 「君子周而不比、小人比而不周」
【蛇足おわり】
常識では、新国家の安定期には、その君主は当然剛健であらねばならぬと考えられますが、これは六五で柔和な君主。私は、これが『易』の含蓄の深い教訓であると解しています。君主が親〔みずか〕ら剛健で支配するようでは、まだ国家の安定は確立していない。君主は九二のような賢人に委任し、自身は伝統の祭祀を慎行【しんこう】して、人民を自然に教化する、それが安定の真情だというのだと解しています。“黄耳金鉉”とは、祖宗の祭礼を慎行する象徴的表現でしょう。
これを程伊川先生なり朱子先生はどう理解されるかというと、小象によって”陽を以て陰に居る。剛にして能く温なり。故に玉鉉の象ありて其の占大吉にして利しからざるなしと為す”とあります。私は抽象で、どうも弱い解釈だなと感ぜざるを得ません。
この上爻は、陽爻が最上の陰位に居り、しかも六五の君位を凌いでおり、易の通則では“吉、无不利”というのはおかしいことだと思います。それなのに“吉、无不利”というのは何故でしょう。
ここで思い起こすのが、前に申しました『楚辞』の伊尹【いいん】が玉を飾った鼎で上帝を祭って殷の受命を確保したということです。この上九の爻辞も、それによって同様に祭天をいっているのだと解釈するのです。 また、彖伝は、このことを知っていたので
上九の位置は、位のない聖人を象徴していますので、上九の爻辞は、伊尹または周公のような聖賢が六五の天子を助けて天を祭ることと解釈してもよいでしょう。新国家の安定には そういう無心無欲な聖賢の輔佐が必要なことはいうまでもありません。また、特定の人の輔佐によるとは限らず、上九は安定が進んだ境地ですから、六五の君主が安定の不動を祈って自ら天を祭ると解釈してもよいでしょう。
どちらにしても肝心なことは、天を祭ることです。国家が安定期に向いますと、君主ばかりでなく、国民も驕慢になり勝ちですが、それを抑えて敬虔に天を祭れ、その敬虔さを忘れるなというのです。周代には天命の下で政治を行っていました。
戦国時代の思想家・墨翟【ぼくてき=墨子】は、国家の大協同和合は天を祭り上帝の意志を奉ずることによって達成されると主張していました。 そして『書経』皋陶謨篇に”天の聰明により、天の明威はわが民の明威による”とあるように、天といい、上帝の意志といっても、それは人民大衆の意志にほかなりません【易爺:観我生】ので、国家の安定のために天を祭るとは、実質的には、人民を尊重することに帰します。
このように私は解釈しますが、この解釈の方が実質がありはしませんか。それはともかくも、鼎卦の各爻辞はすべて国家の安定にかけてこそ理解し易くなるのです。そればかりでなく、こうしてこそ革卦・鼎卦の相対応する教訓も興味も深くなると思うのです。革卦革命の教訓は、革命は慎重・中正に行え、革命すべきものなら”虎変・豹変”、内外美事に完成せよということであり、鼎卦の教訓は、旧弊を去って順正に国家の安定を図り、恭虔にそれを維持せよということであって、要は、『易』は変革を尊ぶ原則の通りに、革新にしても安定にしても、その時に応じて、日新の盛徳を忘れるなということではないか、これは愉安に流れ易い私にとっても現下の教訓であると思っています。
御忌憚のない御批判を乞います。御静聴を感謝します。
(附記。本稿は、柳下尚範氏が筆録されたものをもとに補筆したものである。)
・・・『易学研究』S49年6月号より・・・
× × ×
きょうは時間が遅くなりましたので、薮田嘉一郎先生の赤塚先生の五行説についての感想は来週にして、加藤大岳先生が易学研究会で述べられた感想を紹介しておきます:
◆加藤大岳先生の感想
おそらく、赤塚先生のこの講演記録を読んで、皆さんも同じような疑問を感じられているのでないかと思いますが、来週のお楽しみに^L^
【易爺】が、実占には重要な要素である五行について あまり語らないのも、実はこの辺にあるのです^L^

“革”と“鼎”の卦の構成について③ 赤塚忠
“初六。鼎顚趾。利出否。得妾以其子。无咎”
・・しょりく。鼎〔かなえ〕・趾〔あし〕を顚〔たお〕す。否を出すに利〔よろ〕し。妾を得て、其の子をもってす。咎なし。・・
は鼎卦の始めで、鼎の足がひっくり返えった。これは新政府の創建期には、周の三監の反乱のように、小蹉跌【易爺:ちいさな失敗】があることを象徴しています。その時には、今迄の否(弊害)を皆出してしまえば良いというのです。安定の初めで、陽位に陰でいて位に当らない不安定がまだありますが、凶ではありません。
続いて“妾を得て其の子を以てす。咎无し”は家庭の場合の教訓。新国家の安定すべき最初で、まだその基礎が固らない、革命の後を受けているので、思いきって今迄の悪を捨てよというのが、初爻の最も主要な教訓です。
“九二。鼎有実。我仇有疾。不我能即。吉”
・・きゅうに。鼎に実【ジツ・み】あり。我が仇〔あだ〕疾【シツ・やまい】ありて、我に即【ソク・つ】くあたわず。吉【キツ^L^・きち】なり。・・
“鼎有実”【鼎に実あり】は新国家安定の実質が具〔そなわ〕ったことの象徴です。九二も位に当りません。しかし下におって中心となる者が中正の道を守り、而かも剛健であることは、新国家の理念が浸透したことであって、願わしいことではないでしょうか。上の者が命令するだけでは、国家の安定を期待することが出来ないでしょう。
“九三。鼎耳革。其行塞。雉膏不食。方雨虧悔。終吉”になりますと、これは下の長となるものが強大となるので、危険なことです。戒心を要します。調和を図らねばなりません。
・・鼎耳・革〔あらた〕まる。その行・塞〔ふさ〕がる。雉膏【コウ・あぶら】食〔くら〕はれず。まさに雨ふらば悔を虧〔か〕く。終に吉なり。・・
“九四。鼎折足。覆公餗。其形(刑)渥(屋刂)。凶。”
・・九四。鼎足折れて餗〔そく〕を覆〔くつがえ〕す。その形【ケイ・刑】渥〔おも=重〕し。凶。・・、
これは悪い鼎の足が折れて、馳走を覆してしまうとは、安定した新国家を再び顛覆させる象徴です。臣下が越権行為をするからです。
いったい九二、九三、九四では“見竜元首。吉。”に反します。とりわけ、九四は君側の大臣で、それが位に当らぬ陽剛では、九二・九三と朋党比周【易爺※ほうとうひしゅう】して、新国家を危殆に陥れます。そこで”其刑【屋刂】。凶。”とあります。
【蛇足】
朋党比周【ほうとうひしゅう】とは
主義や利害を同じくする者同士が、仲間をつくって結託して、仲間以外を排斥するという意味の四字熟語。
「朋」は、なかま、【党」は、一堂に集まった仲間たち。
「朋党」は、利害を同じくする者が集まり、他の者たちを排斥するという意味。
「比」は、私心をもって、かたより親しむこと、「周」〔しゅう・あまねく〕は、公平な交際の意味。
「比周」という熟語は、かたよって一方に仲間入りするという意味。
『論語』爲政 「君子周而不比、小人比而不周」
【蛇足おわり】
六五。鼎黄耳金鉉。利貞。”
・・鼎に黄耳〔こうじ〕し、金鉉〔きんげん〕す。貞なるに利〔よろ〕し。・・
常識では、新国家の安定期には、その君主は当然剛健であらねばならぬと考えられますが、これは六五で柔和な君主。私は、これが『易』の含蓄の深い教訓であると解しています。君主が親〔みずか〕ら剛健で支配するようでは、まだ国家の安定は確立していない。君主は九二のような賢人に委任し、自身は伝統の祭祀を慎行【しんこう】して、人民を自然に教化する、それが安定の真情だというのだと解しています。“黄耳金鉉”とは、祖宗の祭礼を慎行する象徴的表現でしょう。
“上九。鼎玉鉱。大吉。无不利。”
・・じょうく。鼎に玉鉉〔ぎょくげん〕す。大いに吉にして利〔よろ〕からざるなし。・・
これを程伊川先生なり朱子先生はどう理解されるかというと、小象によって”陽を以て陰に居る。剛にして能く温なり。故に玉鉉の象ありて其の占大吉にして利しからざるなしと為す”とあります。私は抽象で、どうも弱い解釈だなと感ぜざるを得ません。
この上爻は、陽爻が最上の陰位に居り、しかも六五の君位を凌いでおり、易の通則では“吉、无不利”というのはおかしいことだと思います。それなのに“吉、无不利”というのは何故でしょう。
ここで思い起こすのが、前に申しました『楚辞』の伊尹【いいん】が玉を飾った鼎で上帝を祭って殷の受命を確保したということです。この上九の爻辞も、それによって同様に祭天をいっているのだと解釈するのです。 また、彖伝は、このことを知っていたので
”聖人亨以亨上帝。而大亨以養聖賢”といっているのだと解釈するのです。
・・聖人・亨【ほう】して以て上帝を享【きょう】し、大いに亨して聖賢を養う。・・
上九の位置は、位のない聖人を象徴していますので、上九の爻辞は、伊尹または周公のような聖賢が六五の天子を助けて天を祭ることと解釈してもよいでしょう。新国家の安定には そういう無心無欲な聖賢の輔佐が必要なことはいうまでもありません。また、特定の人の輔佐によるとは限らず、上九は安定が進んだ境地ですから、六五の君主が安定の不動を祈って自ら天を祭ると解釈してもよいでしょう。
どちらにしても肝心なことは、天を祭ることです。国家が安定期に向いますと、君主ばかりでなく、国民も驕慢になり勝ちですが、それを抑えて敬虔に天を祭れ、その敬虔さを忘れるなというのです。周代には天命の下で政治を行っていました。
戦国時代の思想家・墨翟【ぼくてき=墨子】は、国家の大協同和合は天を祭り上帝の意志を奉ずることによって達成されると主張していました。 そして『書経』皋陶謨篇に”天の聰明により、天の明威はわが民の明威による”とあるように、天といい、上帝の意志といっても、それは人民大衆の意志にほかなりません【易爺:観我生】ので、国家の安定のために天を祭るとは、実質的には、人民を尊重することに帰します。
このように私は解釈しますが、この解釈の方が実質がありはしませんか。それはともかくも、鼎卦の各爻辞はすべて国家の安定にかけてこそ理解し易くなるのです。そればかりでなく、こうしてこそ革卦・鼎卦の相対応する教訓も興味も深くなると思うのです。革卦革命の教訓は、革命は慎重・中正に行え、革命すべきものなら”虎変・豹変”、内外美事に完成せよということであり、鼎卦の教訓は、旧弊を去って順正に国家の安定を図り、恭虔にそれを維持せよということであって、要は、『易』は変革を尊ぶ原則の通りに、革新にしても安定にしても、その時に応じて、日新の盛徳を忘れるなということではないか、これは愉安に流れ易い私にとっても現下の教訓であると思っています。
御忌憚のない御批判を乞います。御静聴を感謝します。
(附記。本稿は、柳下尚範氏が筆録されたものをもとに補筆したものである。)
・・・『易学研究』S49年6月号より・・・
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きょうは時間が遅くなりましたので、薮田嘉一郎先生の赤塚先生の五行説についての感想は来週にして、加藤大岳先生が易学研究会で述べられた感想を紹介しておきます:
◆加藤大岳先生の感想
「先週の易学講演会では、赤塚先生がと講演されました。先生は五経の中では書経を専攻されたのです。
そのお話の中で革卦と則卦の構成をとりあげられて、鼎卦は普通”鼎は象なり”とか、いろいろな見方のある中から五行説から解説されましたね。
これは史学専攻の人達にも参考になると思うのですが、五行説というものが完成したのは、早くみても戦国時代というのではないですかね。それによって卦の内容が作られたとすると戦国より後でないと合わないことになりますね。
そうすると易の内容は、今迄に説かれていたよりも非常に新しいことになりますね。どうですかね。これなども研究課題になるのではないでしょうか」
おそらく、赤塚先生のこの講演記録を読んで、皆さんも同じような疑問を感じられているのでないかと思いますが、来週のお楽しみに^L^
【易爺】が、実占には重要な要素である五行について あまり語らないのも、実はこの辺にあるのです^L^
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